| 静かな午後に |
2ヶ月に一回くらいの恒例の行事で、昨日から嫁さんが子供を連れて実家に里帰りしています。 そんなわけで、昨夜から一人暮らしです。
夜中に起きて泣くこともないし、朝早く起こされることもなく、ゆっくり朝寝坊できたわけですが、何か物足りない感じがします。 今日は朝から雨で、どこにも出かけることはありませんし、いつもよりもさらに静かな休日で、ゆったりできてはいるものの、何か寂しい感じがします。
大学時代から長くつきあっていた彼女と別れ、5年以上過ぎて結婚もあきらめかけていたところに今の嫁さんの知り合って結婚し、それから5年で子供ができたと思ったら、中の胚が旨く成長しなくて処置することとなり、それからさらに3年、6才年下の弟のところに子供ができたとの話を聞いて喜びつつも沈んだ雰囲気が漂っていました。 その頃には落ち込みも激しく「どうしようか」とかなり真剣に悩んでいたものです。
それが一転したのは半年後、今度はちゃんと子供の影が確認できたときです。
丸い頭、ちっちゃな手、足、ぬいぐるみみたいでした。 体長は2.3cm、それでも立派に人間です。待望の赤ちゃんです。
その時、自分がどれだけやる気をなくしていたのかに改めて気づかされました。 惰性で毎日を過ごし、冗談抜きで生きる希望をなくしかけていたようです。 ぎりぎりのところで間に合ったのかも知れないと、そんな気がします。
それから3年、今振り返ればあっという間でした。 自分としてできるだけのことをしてきたつもりですが、正しかったかどうかはわかりません。 明るくのびのびと育っている姿を見ていると、間違ってはいなかったんだろうと思っています。 うちの両親、嫁さんの両親、近所の人たち、赤ちゃんサークルのママたち、いろんな人のおかげで、偏った育て方にもならずに来たんだと感謝しています。

今日は久しぶりに嫁さんの両親と、こどもにとってのひいおばあちゃんのところで、にこにこしていることと思います。 この笑顔が続くように、自分のできる範囲で、楽しみながら、伸ばしてやりたい。
静かなところで一人でいると、いろんなことが頭を巡ります。 一日くらいこんな日があってもいいでしょうね。
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| うわごと。 |
あべし: ひでぶ、たわば、あべし、と断末魔に口から出る言葉であり、不安を感じる。
あっそう: ふ〜ん、と続きそのままスルーされてしまう。
ぬかが〜: 本来腐らないはずの糠が腐ってしまったのか、と不安な心境にされてしまう。
フックだー: そこだ、いけー、といって応援したくなるような気がする。 気がするだけかも知れないが。
そうさいせん: 総裁せん。えっと、してもらうんですけど。 相殺せん。頑張って返済して下さい。 葬祭戦。誰も死んでませんってば。
しょうもないことしか思いつかない。 あきれてしまって真面目なことを書く気にならない。 あまりにもあほらしくて。
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| 人間 |
間違えたなら、直せばいい。 次に同じ間違いを繰り返さなければいい。
相手を傷つけたなら、償えばいい。 次にまた傷つけないようにすればいい。
人間誰しも誤りを犯す。 誤りを犯さない人間なんていない。 誤りを犯したからといってその人がそれで「終わり」になるわけではない。 問題は、誤りを犯したあとにどうするかということだ。
反省もせずに同じ誤りを繰り返す。 誤りを犯したことすら認めず、言い訳を繰り返す。 あげくの果てには相手を攻撃することで自分を正当化しようとする。 こんなことをすればどういう評価を受けるかは自明の理である。
「責任を取る=やめる」という風潮がある。 問題が生じた場合には、トップはやめて当然だという世論が形成されることもある。 確かに、一つの「けじめ」ではある。
では、「やめた人」はその後何もしてはいけないのか。 一生影に徹して何もしてはいけないのか。 犯罪を犯した者ですら、その刑期を終えれば、通常の生活を送る「権利」が認められている。 やめた人が復帰してはいけないという法はない。 「被害者」にとっては、「加害者がのうのうと」という感情があるかも知れないが、自分の運転する車の直前に物陰から飛び出してきた子供を轢いてしまった」というような場合など、加害者と呼べるのかどうかわからないような場合もある。 いずれにしても、やめたらそれで終わりということではない。
人間は「やり直す」ことができる。 過去の失敗は失敗として「人生の糧」とすればいい。 生きている間はやり直しができる。
もちろんすぐにやり直しができない場合もあるだろう。 それでもいつまでも倒れたままでいるわけにはいかない。 立ち上がってまた歩き出さなければ前に進めない。 後に続く人のために、自分を見ている人のために、やり直しをしなくてはならない。
それが人間だ。
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| 権利?義務? |
期日前投票に行ってきました。 理由は、投票日に出かけるためです。
昔は「不在者投票制度」しかなく、しかも「病気出産入院仕事」などの「やむを得ない事由」がなければできませんでした。 新たに「不在者投票制度」が創設されたため、「当日投票できない理由」さえあれば、その理由がレジャーなどであっても許されることとなりました。
「選挙権」とは「投票することができる権利」です。 それが、投票権者の都合は無視して、役所等の都合によって「投票日」が勝手に設定され、「その日に投票しなければ投票権は行使できない」とすることは、「その日に投票する義務」があるのかとも思っていました。 ですので、期日前投票制度ができたことによって、投票権を行使しやすくなったことは歓迎しています。 また、近年では在外邦人についても投票権を認める判決が出されて、制度が改善されてきているようです。
ところで、選挙権ということは、権利であって義務ではありませんから、「投票しなければならない」ということはありません。 棄権しても何らの罰則もありませんし、投票に行ったからと言って特に何か「いいこと」があるというわけでもありません。 (一部では、投票済証を見せれば安く買い物ができる商店街があったりするようですが) それでも、何も変わらないと頭からあきらめて何もしないと、「なにもかわりません」。 何も変わらないのは何もしていないから、かもしれません。
一人一人が一票を投じるだけで何かが変わる「可能性」がわずかでもあるのなら、投票をすべきではないかと思います。
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| ウイルス感染 |
感染したんじゃありませんよ。 NIS2007入れてますし、ルーターも使用して「設定」もそれなりにしてますし、無線LANもWPA-PSKでAESにして、SSIDも隠してます。 SpybotとSpywareblasterも入れてますから、かなり安全確保はできてると思ってます。
ところが、世間にはセキュリティに疎い人がまだまだたくさんいるようです。 自分は感染しないと根拠なく信じている人、知らない人からのメールは開かないから安全だと誤解している人、危ないサイトに行かないから大丈夫だと思ってる人、お金がないから対策をしていない人、感染したらりリカバリーすればいいだけと考えてる人、全くセキュリティに関心がない人、そういう人の方が多いのかも知れないですね。
PC関連質問サイトを見ていても、 ・PCの動きがおかしくなった ・ウイルスに感染したのでしょうか ・ウイルスに感染したようだ 等の質問が途絶えることがありません。 対策はどうしていたのか聞いてみると、上記のような返信が帰ってくるだけで、「そんなんじゃ感染して当然だろ」というやりきれない思いが募ります。 さらには、ウイルスに感染している状態でネットに接続しているということがどういう意味なのかということに「全く」考えが至っていないことにあきれるばかりです。
きさまみたいなのがいるからウイルスが蔓延するんじゃ。 さっさとケーブル抜かんかい、アホンダラァ。 と、どやしつけたい気分にさせられます。
さらには、 リカバリーだけはしたくないんです。 なんて甘えたことを書くのが定番だったりするんですよね。
こう言うのを下手に助けると、せっかくの学習機会を奪ってしまい、「な〜んだ、大丈夫だった」なんてことになりかねませんので、回答する際には気をつけないといけないと思うんですけどね。 某相談室には「優しい人」がいるようなので、制限モードの自分としては歯がゆい思いが募ります。
なんかいいストレス発散法はないだろうか。
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